CAVOK日記
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2013/7/26 (金) Cokertme~English Harbour(20NM) 快晴 西5ノット

 今日は08:50に舫いを解き、Gokova(ギョコヴァ)湾の奥の対岸のEnglish Harbourに行く。
 予報の風では北風が15ノット以上吹く予報だったが弱く全行程セールを揚げることなく機走した。
 後から出港したハイドレンジァ号が途中で我々を抜いていく。入り江の奥深くにあるEnglish Harbourの中にあるレストラン桟橋に12:00に着けるが先に着いたハイドロレンジャ号の稲次さんが待ってくれVHFでムアリングの指示をしてくれる。此処もチャコルテメと同じで簡単に舫えた。
 入り江には恰好な錨泊地が沢山ありそれぞれの場所で錨泊していた。
 お昼はCAVOK5で稲次ご夫妻を招待して、スパゲッティ・ミートソースとペンネ、サンドウイッチを頂く。
 久しぶりにラバーボートを降ろして湾内を探索する。特に水が綺麗なわけではないが入り江の中は湖面の様に静かだ。昔ここに英国艦船が隠れていて、そのいわれでEnglish Harbourと名がついたそうだ。
 日中の暑さを凌ぐためラバーボートを岸の松の木に舫い陸、悦子と泳ぐ。
 夕食は係留してある直ぐ前のレストランでする。いつもの様にメゼを頼んで今日はスズキのフライにする。
 スズキばかりの夕食が続くが美味しく飽きない。
 西に面した海辺のレストランから見る夕日は入り江の海に反射して素晴らしい景観であった。


(ID# 469)
2013/7/25 (木) Turgutreis~Cokertme(30NM) 快晴 北北西~北西10~15ノット

 稲次さんの案内で今日から3日間Gokova湾の素敵なポイントを廻ることになった。
 初日はCokertme,2日目はSeven Island,3日目はEnglish Harbourとハイドレンジャ号と一緒の航海になる。
 今日はここから30NM程湾内に入るチャコルテメに行く。ハイドレンジャ号は巡航速度が7~8ノットなので我々が先に8:20に出港する。
 途中岬を回るとき昨日ご馳走になったレストランを沖合から見つける。
 約2時間機走すると北西から良い風が吹き出したのでセーリングに切り替えコースによっては観音開きにしたり、少し風を入れるためクォタリー気味で走ったり6ノット以上をキープして気持ち良く走る。
 後ろから来るはずのハイドレンジャ号が中々見つからず、少し待つつもりで風が弱くなったがそのままセーリングする。
 お昼はソーメンが売り切れたせいもあって、お蕎麦を頂く。お蕎麦も美味しい。陸は相変わらず良く食べる。
 そうこうしているうちにVHFで稲次さんから呼び出しがあり、こちらはもう着きましたがそちらは何処ですかと連絡が入る。
 こちらから応答したがハンデイトークの為通じなかった。
 こちらの位置はもう3NMの位置にあった。チャコルテメの入り江に入る前にVHFで稲次さんを呼び出したら応答があり桟橋の係留位置を教えてくれる。
 ここはホテルの桟橋だが10艇程係留出来るようになっていてレイドムアリング(槍着けを船尾からするときに船首の舫いが準備されている)があり助かる。
 レストランで食事すれば係留料は無料である。稲次さんはここを気に入って良く来るそうだ。
 桟橋の横は海水浴場で我々も係留後桟橋から飛び込んで泳ぐ。
 水が綺麗で気持ちが良い。
 夕方7:30にレストランの予約を稲次さんがしてくれ海辺のレストランで定番のメゼの後スズキのグリルを食べる。
 チャナッカレと云う地元の白ワインが魚に合う。


(ID# 468)
2013/7/24 (水) Turgutreis 快晴

 朝正田さんがボドラム空港経由イスタンブールで帰国するので見送る。
 その後稲次さんのグランドバンクス42のハイドレンジャ号に全員乗せて頂きマリーナの向かいにある島にアンカーリングに出かける。
 昨日と違って若干風も収まり、波もなく絶好の海水浴日和になる。この島は無人島だがたった一つある桟橋に海水浴客を乗せたガレット船が来る。アンカーリングしている船は10隻以上ありこの辺の絶好のアンカーリングのポイントようだ。
 我々も早速飛び込み体を冷やす。地中海の水は意外と冷たく30分も水に居ると体が冷える。
 陸はシュノーケルが使えるが足ひれの使い方が未だだったので足ひれの使い方を教える。
 ゴムボートで島に上陸して桟橋から飛び込んで遊ぶ。桟橋はガレット船で来た海水浴客で賑やかであった。ガレット船は1時間程停泊してから出て行った。
 お昼は稲次さんの奥様の千賀子さんがチキンかつ、カレーライス、ポテトサラダ、イカの煮ものをご馳走してくれる。奥様お料理がお上手で大変美味しく頂いた。陸はカレーライスを3回もお代わりして奥さんを喜ばす。
 グランドバンクスは乗り心地が大変良く島への一日のクルージングを楽しませてもらった。
 そして稲次さんは退職後から14年間グランドバンクスを乗っているだけあって大ベテランの操縦振りであった。
 夕食は岬の先にある正面にコス島が見える岬の直ぐ上にあるレストランにご招待を受ける。
 素晴らしいロケーションで海峡を行き交う船と数キロしか離れていない対岸のコス島の明かりを見ながらの食事であった。
 メゼとイカの串焼き、スタッフドカラマリのグリルを稲次さんお薦めのトルコさん白ワインで頂き、メインはスズキのグリルを頂くがスズキが脂がのっていて美味しく、今までスズキは遠慮していたが見直した。イカの串焼は日本の串焼きの味で美味しかった。
 22:30にタクシーの迎えが来て艇に戻るがお腹一杯になる。
 稲次さんに大変なご馳走になった。

(ID# 467)
2013/7/23 (火) Didim~Turtgureis(20NM) 快晴 北5~15ノット

 出港前9時前にジャンさんにお礼するため、ワークショップに行ったが出張中で会えなかったのでお礼と秋に又くる旨伝えてから出港する。
 9時にマリーナのスタッフに手伝ってもらい出港する。槍着けしていると両サイドの艇の隣の舫いが長く伸びていて横からの強い風の時は出づらいのでどの船もスタッフの手伝いを受けて出ている。
 ギリシャとトルコの間の島々を見ながら後ろからの風を受けて帆走するが連日のメルテメの影響かうねりが若干入っている。
 陸は、今日はトローリングせずコックピットで横になっていたが幸いに船酔いすることなく行きかう船を探していた。
 トルトグレイスは今年のスタート地点、冬CAVOK5を越冬させたレロス島から20NMしか離れていない。
 D-Marin Turgureisに入港の為の無線を送るとHydorangea号の稲次さんが無線を取ってくれ、マリーナに今交信した艇は私の友人の艇で私の近くに案内するよう伝えてくれた。
 13:00に稲次さんのお迎えの下舫いを取る。
 陸は早速マリーナのプールに泳ぎに行く。此処のマリーナも大きなマリーナでショッピングアーケードもあり全てが揃うところである。
 夕食は稲次さんがプールサイドのレストランにご招待してくれ、7種類程のメゼ(前菜)とロゴスと云う白身の鯛に似たお魚のスープ煮風お料理をご馳走になる。ロゴスのアクアパッア風料理はトマト味スープとあいまって美味であった。
 艇に戻ってから明日帰国する正田さんのサヨナラ会をリキで飲みながらして就寝する。
 正田さんとは3週間の一緒の航海だったが一日80NM走ったり、30ノットを超える風の中を帆走したり、そして孫の陸の友達にもなってくれ挙句の果ていつも海パンで居る正田さんの事を陸には、海パンおじさんならまだ許せるのだが“海パン”と呼びつけしたりするほど親しくしてもらった。


(ID# 466)
2013/7/22 (月) Kusadashi~Didim(40NM) 快晴 北10~30ノット

 朝食後07:25に舫いを解く。3時間半ほど機帆走した後北からの良い風が吹き出し追手の風を受けてセーリングする。風は気まぐれで一時25ノット以上吹き出しリーフするが後に風が弱まりフルセールにするが機速が3ノット以下になり機走にする。
 風が弱くなったお昼にスパゲティーミートソースを頂く。
 陸はトローリングに夢中でロッドを持って頑張るが今まで通り釣れることはなかった。
 その後再び風が吹き出し白波が立ちはじめた中、時には8ノットを超える速度で快走する。
 14:50にD-Marin Didimに入港する。20ノットを超える風の中での着岸であったが風が正対していたので楽であった。勿論マリーナスタッフがラバーボートで手伝いに来てくれた。
 このマリーナは今年の冬半年CAVOK5を越冬させる契約をしているところだ。
 D-Marinは大きなチェーンマリーナで設備の整った良いマリーナだ。
 そして手続きをしに行くと、次のマリーナで会う約束をしているハイドロレンジア号の稲次さんが連絡をいれて置いてくれ、知り合いのここのマリーナのチャンドラーとワークショップを経営しているジャンさんの計らいで係留料無料にしてくれた。
 稲次さんは14年前より地中海を航海していて10年前よりトルコが気に入り隣のマリーナのトルトグトレイスにグランドバンクス42のモータークルザーを係留している。
 陸は今日もプールで泳ぐ。
 夕食はDestiny号のフランス人Evaに教わったフランスの家庭料理のひき肉とジャガイモの重ね焼き、醤油風味焼きナス、パセリ入りご飯、野菜サラダを頂く。
 そして三浦さんが持ってきてくれた日本酒を冷で美味しく頂く。


(ID# 465)
2013/7/21 (日) Kusadasi 快晴

エフェソス遺跡を三浦さんと陸に見せたかったので、悦子も一緒にレンタカーで行く。
陸が2000年前のローマの遺跡をどう感じ取ったのか分からないが歴史の深さを少しでも感じ取ってくれればと思った。
昼過ぎに戻り乾いた喉をビールで潤し、冷しうどんを頂く。ビールが効いて皆さん心地良くお昼寝をする。
 昼寝の後は、陸は長旅にもめげず元気でプールで泳ぎたいというのでマリーナのプールで泳ぐ。子供は元気だ。
 相変わらず良いお天気の中、夕日を見ながら三浦さんと陸の歓迎会の夕食をコックピットでする。
 今日のメインはラムチョップ、野菜サラダ、ガーリック炒めのポテト、悦子仕込みのメゼを白、赤ワインで頂く。ニンニクと醤油で味付けした現地産ラムチャップは人気者だ。
 明日は40NM先のDidimに三浦さん、陸の初航海になる。


(ID# 464)
2013/7/20 (土) Kusadasi

今日は昨日イスタンブールに着いた三浦さん(H23年卒)と今日トルコ航空の一人旅で到着する孫の陸(10歳)を迎えにイスタンブールに行く日だ。
昨日レンタカーの予約を13:30にしていたのでお昼を食べた後受け取り、約60KM先のイズミール空港に直行する。イズミール空港からイスタンブール空港迄はトルコ航空で40分ぐらいだ。トルコ航空はしっかりしていて今まで乗った便では全て定刻に出発している。短い40分の区間にミールを出して回収している。機材も新しく料金はこの便で片道5000円程度だ。トルコ自体の経済の発展もあるがかなり努力している航空会社と思った。
成田からのトルコ航空便は30分程定刻より早く到着した。出国出口で待っているとトルコ航空の係員に連れられて陸が旅の疲れも見せず現れた。
この後前日にイスタンブールに着いている三浦さんと国内線のターミナルで待ち合わせてイズミール空港まで飛ぶ。イズミール空港着は22時過ぎになり、駐車場に停めてあったレンタカーでクシャダシのマリーナに行く。
正田さんと悦子は24時近くなったが到着を待っていてくれ、三浦さんと陸の到着を祝ってお話していたら就寝が3時になっていた。


(ID# 463)
2013/7/19 (金) Teos~Kusadashi(33NM) 快晴 北4~15ノット

 朝06:35に隣に係留してあるMaranka号のTony夫妻の見送りを受けて1週間風待ちで滞在したTeos Marina から出港する。
 朝方はいつも風が弱くなるが今日は予報通りいつもよりさらに弱い。湾を出るまで北風を真っ向から受けての機走であったが湾を出てからフリーの風になり北からの15ノット以上の風を受けて気持ち良く走る。朝食はおにぎりと味噌汁を頂く。
 1時間後風が弱まって来たのでジェネカーをあげる。久しぶりのセーリングで気分爽快だ。
 その後風が安定せず、一時的に弱まり1時間弱ほど機走するが今度は北北西からの良い風が吹き出し5~6ノットの速度でセーリングする。
 楽しみのお昼は鳥の煮込みをご飯で頂く。
 昨日までのテオスでの強風とはまるで違い、順風の中、クシャダシに13:30入港する。
 大きなマリーナで係留だけで450隻、陸置きを加えると600隻置ける規模だ。
 クシャダシはエフェソスの遺跡の観光の拠点で豪華客船も停泊するところだ。我々も停泊中のルビー・プリンセス号と云う大きな客船の脇を通過してマリーナに入港した。
大きな町で港の周りは整備され大規模なショッピングアーケードがあり、海岸通りにはレストランや遊覧船の案内、旅行案内の店が並んで活気が大変ある。
 マリーナ内では風が全くなく灼熱の太陽の下じっとしているだけで汗が噴き出た。
 正田さんは早速水道にホースを繋ぎ、水浴びをしていた。
 マリーナの手続きをした後レンタカーの手配に町に出る。明日10歳の孫の陸君が成田から一人旅でイスタンブールに到着するので迎いに行くが、先ずここから70km先にあるイズミール空港迄行ってそこから飛行機でイスタンブール迄行く。イズミール空港への足として借りることにした。
 夕方になると心地よい風が吹き出し日中の暑さがやわらぎホッとする。
 トルゥトガレイスに長年艇を置いてある稲次さんからメールが入り、マリーナの前のMezgitと云う名のレストランが美味しいとの連絡を受けるが、疲れもあり艇でラムチョップとご飯を頂く。
 日中汗が噴き出たせいか冷えたビールが大変美味しかった。
 夕日がやっと沈んだのが9時頃でビールの後はワイン3本を飲む。楽しいお食事であった。


(ID# 461)
2013/7/18 (木) Teos 快晴 強風

 10時に広瀬さんを送る。広瀬さんはイズミール迄タクシーで行き、イスタンブールに二泊して帰国予定だ。
 広瀬さんは7日から12日間の滞在だったが最後の6日間はメルテミの強風のためここテオスで足止めになってしまった。この6日間は連日轟々と風の音が聞こえていた。
 「天気晴朗なれと波高し(風強し)であった。」 午前中デッキの水洗い、キャビンの掃除等をして過ごし、午後は各自のんびり過ごす。
 ここに大きなモーターボートを係留しているハッサンさんからチャイの誘いがありプールサイドで頂く。彼は潜水艦に乗っていて、その後この海域でチャーターボートの仕事をして現在はリタイヤーしているが、これから行くトルコの海域の良いところ細かく教えてくれ助かる。
 ちょっとしたきっかけで親切にしてくれることが多い。嬉しい事だ。
 夜は悦子の料理を楽しむ予定であったが明日我々が出港予定ということでEvaさんが皆さんとレストランに行こうと誘ってくれる。
 マリーナに隣接しているレストランでトルコ料理を食べてからバーでデザートを食べて名残を惜しむ。
 彼らもトルコを南下するので再会を約す。
 我々は明日早朝クシャダシに向け1週間ぶりに出港する予定だ。


(ID# 460)
2013/7/17 (水) Teos 快晴 強風

 朝9時にタクシーを予約してエフェソス遺跡に行く。約1時間で到着する。遺跡の丘の上の方の南入り口から入りアゴラ、オデオン、市公会堂、トラヤヌスの泉、ハドリアヌス神殿、立派な建造物のケルスス図書館、2万4000人が収容できた大劇場、そして丘の上の住宅にはフレスコ画やモザイクが残されていて見ごたえがあった。これらをクレステ通り、大理石の道でつないであり当時の繁栄が偲ばれる。エフェソスは古代ギリシャから繁栄を始め紀元前2世紀からローマの支配下にはいり「パクスローマナ」を享受して初代ローマ皇帝アウグストス(紀元前27年~後14年)の時代の最盛期には贅を尽くした建造物と20万人を超える住民がいたそうだ 保存状態も良く当時の豊かな生活が目に浮かんだ。
 南から北入り口に降りてそこで待っていたタクシーで考古学博物館に行くが生憎と今年は休館で数々の出土品を見ることが出来ず残念だった。
 帰りにこのあたりの名産である桃を買ってそのままマリーナに2時前に戻る。
 お昼は艇でスパゲティーノルマを頂く。
 ラザーニアの夕食のお誘いをMaranka号からあり、こちらはひき肉とお米をブドウの葉で包んだ悦子風ドルマを用意する。
 大変美味しいラザーニアをご馳走してくれ最後のデザートの時はお腹一杯で頂くことは出来なかった。Maranka号のMargotさんDestiny号のEvaさんともお料理がお好きで上手だ。
 お酒も大分いただいて、広瀬さんが明日帰るのでサヨナラパーティーも兼ねてくれた。
 皆さん心温かく親切で楽しい人達だ。


(ID# 459)
2013/7/16 (火) Teos 快晴 強風

 当初は今日風が若干弱まる予報だったので出港を予定していたが相変わらず風のうなり声が聞こえているので出港を取りやめにする。
広瀬さん7日に来てからアイワルク、チェシメ、別のマリーナのチェシメ、そしてここテオスと寄港地が少ないので出港したいところだが強風には勝てない。
Destiny号、Maranka号の皆さんがイズミールにレンタカーで行くとの事でお誘いを受けたので、一緒にマイクロバスのレンタカーでイズミールに行く。Johnさんはこのマリーナで今回艇を越冬させたので良くイズミールもご存じで案内してもらう。
トルコ3番目に大きな都市で高層マンションが立ち並び海岸沿いの綺麗な都市であった。
街中の何でも揃う大きなバザールに行きそれぞれ買い物をする。広瀬さん、正田さんはお土産を探す。
私はトローリングのロッドとリールを、釣りを良く知っているMaranka号のゲストのJohnさんに付き合ってもらい大変安い値段でツナ用のセットを買うことが出来た。
お昼は街中のレストランでシシケバブのお肉を食べる。
今日帰国するMaranka号のゲストのJohn夫妻をイズミールの空港で降ろしてからMetroと云う大きなスーパーマーケットでビール、ワインその他購入してテオスに戻る。
夕食は皆さん胃が疲れ気味と云うことでお茶漬けご飯を海苔、梅干、昆布で頂くが胃もホッとしたかと思う。やはり我々は日本人の胃だ。


(ID# 458)
2013/7/15 (月) Teos 快晴 強風

 今日もメルテミが吹き続けている。陸に居ると日射が強い中風が心地よいが30ノット以上の風の中帆走はしたくない。
 近くにあるテオス遺跡に歩いて行く。ディオニソスの神殿跡だけが一部復興されていたが、現在作業中で一部の城壁等が掘り起こされていた。
 観光客は我々だけだった。
 艇に戻りソーメンをお昼に頂き、午後はいつもの様に各自のんびり過ごす。
 夕食は悦子のカレーライスとフランス人Evaさんが作ったミートボールスパゲティを囲んでCAVOK5の上で、何と3艇10名が集まり楽しい夕餉を過ごした。


(ID# 457)
2013/7/14 (日) Teos 快晴 強風

 テオスの町でバザールがあるということでDestiny号、Maranka号の仲間と一緒に午前中歩く。地元のバザールで野菜からお菓子、そして骨董品、レース、装飾品と屋台に並んでいた。
 お昼にイワシ料理が美味しいという店でイワシのサンドウイッチ、グリル、フライを食べる。イワシそのものが美味しい。
 午後はプールサイドで読書したりしてのんびり過ごす。
 いつも夕方になるとハピーアワーと称してプールサイドに集まりビールタイムとなる。
 夕食はプールサイドにあるテラスレストランでBBQの食事で、今日も皆さんと盛り上がった。


(ID# 456)
2013/7/13 (土) Teos 快晴 強風

 ここは2年前にオープンしたマリーナで施設が充実して大変良いマリーナだ。トルコに来て感じるのだがトイレがどこも綺麗に清掃されていて又マリーナではシャワールームも広くて感じ良い。
 係留した前には、プールがありこちらは夏休みに入っているので家族連れで泳いでいる。
 午前中に船尾のコーミングを囲っているゴムが外れたので修理を頼み直してもらう。
 広瀬さんと悦子は、女性陣と一緒にバスに乗って町に買い物に出かける。
 正田さんと私はプールで日光浴をしながら昼食をとる。直ぐ目の前がプールで環境が抜群だ。
 今日はCAVOK5主催の夕食会なので準備する。総勢10名になるのでCAVOK5の船上では無理なのでマリーナのテラスを借りてそこでやることにした。
 当初ラムチョップのBBQを予定したが風が強いのでBBQはやめてオーブンで焼くことにした。
 トルコのラムは美味しく、ニンニクと醤油で浸けて焼くと美味しく評判がとても良い。
 巻き寿司も作るがこれまた人気の料理となっている。Evaさん、Margotさんもメゼやラタトーユを作って持ち寄って頂いた。
 そして広瀬さんは甚兵衛、正田さんは浴衣そしてEvaさんは悦子に着物を着せてもらい、夏の日本の海辺の風景が出現したようだった。
 ビール、ワインどれだけ飲んだが定かでないが皆さんで大分飲んだ。歌を合唱したり楽しいひと時を過ごした。
 お開きしてからお酒を覚ますのにデッキで横になっていたらそのまま寝てしまった。目を覚ましたら1時半になっていた。気持ち良い夜だった。
7月14日(日曜日)Teos 快晴 強風 テオスの町でバザールがあるということでDestiny号、Maranka号の仲間と一緒に午前中歩く。地元のバザールで野菜からお菓子、そして骨董品、レース、装飾品と屋台に並んでいた。
 お昼にイワシ料理が美味しいという店でイワシのサンドウイッチ、グリル、フライを食べる。イワシそのものが美味しい。
 午後はプールサイドで読書したりしてのんびり過ごす。
 いつも夕方になるとハピーアワーと称してプールサイドに集まりビールタイムとなる。
 夕食はプールサイドにあるテラスレストランでBBQの食事で、今日も皆さんと盛り上がった。


(ID# 455)
2013/7/12 (金) Cesme Marina~Teos(Sigacik)38NM  北12~20ノット

 昨日行く予定していたアダジャティをパスしてテオスマリーナに直行することにする。
 8時にオフィスで支払を済ませて0830に舫いを解く。北風に正対して舫ってあったので簡単に出港することが出来た。大変良いマリーナで気に入ったマリーナの一つになった。
 ここは一泊80€であった。トルコのマリーナではトルコリラでもユーロでもどちらの支払いでもOKだ。
 港を出てから直ぐセールを張って北の良い風を受けて当初はアビームのコース、次に追手のコースに入り艇速を6ノット以上キープして気持ち良いセーリングを楽しむ。
 最後に湾に入るコースが片上りになるが20ノットの風の中ジブ、メイン共3ポイントのしても6ノット以上で快調に走る。
 港の手前で、VHFでマリーナを呼び出すと直ぐラバーボートに乗ってスタッフが来てくれ舫う場所を案内してくれる。イスタンブールで一緒だったJohnさんからマリーナにも連絡が入っていて彼の艇の隣に案内してくれ15:30に舫いを取る。
 横風の中、係留場所に風上の位置で正対させバウスラスター(船首を振る装置)と推進力と使いながら両側の艇の間に流し込むように艇を槍着けした。自分ながら見事であった。
 そしてチャナッカレで一緒だったMaranka号も来ておりDestny号共に再会することが出来た。
 夕方Destny号の船上で、3艇総勢10名でハピーアワーでビールとワインを頂く。結局終わったのが10時前になり、夕食は艇の残り物で済ます。


(ID# 454)
2013/7/11 (木) Cesme Marina 快晴

 今日はここから16NM先にあるAlactiに行く予定で準備したが、アラジャティは北風が強い時は風が吹き抜け強風帯になるところだとドイツ艇から教えてもらった。又彼は親切にアラジャティの町は綺麗で魅力あるので私の車で町を案内してくれるとの事、買い物に行っている3人を待って、今日のヨットでのアラジャティ行きは中止して彼と一緒にアラジャティの町に夕方彼の車に乗せてもらい行くことにする。
 朝昨日見つけた自家製ワインを赤白5本ずつ買う。
 お昼は正田さんがトマト味のイタリアンソーメンを作りそれを頂く。トマト味ソーメンを食べたのは初めてだったが薬味にオニオン、トマト、キュウリをたっぷり入れて大変おいしかった。
 午後はチャンドラーでガスボンベを補給したり、読書したり、昼寝したりで各自過ごす。
 快晴の中、心地よい風を浴びながらの昼寝は気持ち良い。風が無いと大変熱いが日陰で風を受けていると心地よい。空気も乾燥している。
 夕方6時にドイツ艇のボウラーさんにアラジャティに連れて行ってもらう。
 彼はここに家があり、奥さんがトルコ人でリタイヤーしてからここに住んでいるそうだ。
 33ftのムーディ艇はドイツから運んできたそうだ。奥さんの出身がイズミールでこの辺を詳しく知っていてアラジャティの歴史や良いレストランも教えてもらう。
 この町は3,4年前までは田舎の静かな村だったのが大発展をして周りは住宅地が広がり、マリーナの周りには大きなホテルが建っていたり、建築中であったり開発が進んでいる。
 村は大きな町になりお店とレストランが町中隈なく連なっていた。
 トルコの経済の好調さをここでも感じた。
 夕食は彼のお薦めのトルコ料理のお店でトルコ料理を楽しむ。残念なことでラマダンが始まり陽のある内はお酒が出せないとの事でノンアルコールの食事になった。
 彼は奥さんがキオスに行ってフェリーで帰ってくるということで食後我々と別れて迎に行く。
 我々はドルムシュでチェシムに帰り、艇でワイン、ウイスキーを飲みながら夜を過ごす。


(ID# 453)
2013/7/10 (水) Cesme Marina 快晴

 朝はゆっくりとした時間の中の朝食でベーコン、玉ねぎ、パセリのオムレツとマッシュルーム、ズッキーニのソテーをパンとご飯で頂く。
 10時過ぎに町に出て、先ずお城の見学に行く。海賊対策でオスマン帝国が作った城で港を見渡すように建っている。1770年にはオスマン・トルコとロシアとの戦争がはじまりここチェシメも海戦の戦場となった。
 その後お店が軒を並べているメイン通りをショッピングがてら歩く。イズニック・タイルを見つけた。皆さんそれぞれお土産にかった。イズニック・タイルはブルーモズクにも使われている。
 お昼は出来るだけ地元の人が行きそうな所を見つけてケバブのサンドウイッチをビールで食べる。
 ここからドルムシュ(小型バス)で20分ぐらいの場所に海水浴場と海中温泉があるウルジャと云うところがあるのでそこに行く。
 海中温泉はマリーナの堤防の脇にあり周りを石で囲んであり岩の間からかなり厚い温泉が湧いている。沖のOP級の練習を見ながら心地良い入浴を楽しむ。結構賑わっていて20人ぐらい入れ替わりで浸かっていた。
 帰ってからシャワーを浴びて昼間目を付けておいたレストランに食事に行く。
 メゼ(前菜)は何種類かの盛り合わせで注文したが茄子の料理が何種類かあり、とても美味しい。珍しいのはかぼちゃの花でご飯を包んだドルマデスのような料理があった。
 メインはレバーのフライとオーベルジュを使ったひき肉料理を白、赤ワインで食べる。
 デザートはかぼちゃのケーキ、焼きプディングをトルココーヒーで食べる。かぼちゃのケーキが美味しかった。
 帰り途中の店頭の前で自家製のワインを1本10TLで売っていたので白、赤2本ずつ買ってみる。艇に戻って白、赤それぞれ1本あけて味を見てみるが10TLの割にはいけるので、明日白、赤5本づつ買うことにする。


(ID# 452)
2013/7/9 (火) Setur Marina Cesme~Cesme Marina(9NM)  快晴 北10~15

 Setur Marina Cesmeは殆どモータークルーザーでヨットは数える程しか係留していない。マリーナの周りは大きなリゾートホテルでマリーナ全体がホテルとの一体の感じで、違和感があったので1泊だけの係留にして、半島の南側のチェシメの町にあるCesme Marinaに移動することにした。
 10:30にスタッフに手伝ってもらい出港する。途中Dalyyankoyの入り江にある海水浴場の沖にアンカーを打って泳ぐ。お昼にそうめんを食べたり、昼寝をしたりゆっくり過ごす。水がターコイズ・ブルーでとてもきれいで泳いでいても気持ちが良かった。
 15:30にアンカーを上げて、半島を廻りチェスメマリーナに向かう。
 ここも前もってインターネットで予約を入れていた。但し14日以降80隻位集まるレースがあるので13日までの係留にしてほしいとの事だった。我々はその前に出港する予定なので問題はないが、天気が悪い時だったら困ったものだ。
 17:30にマリーナに係留する。此処もスタッフがボートで案内してくれ係留を手伝ってくれる。
 前のセッツール・マリーナと違いヨットも多い。チェシメの町の直ぐ近くで町にはオスマン帝国が1508年に築城したお城が綺麗に残っている。
 マリーナの私設も素晴らしく、トイレ、シャワーも今までのベスト3に入っている。
 オフィッスのスタッフもフレンドリーで日本語の挨拶をしてくれた。同級生に日本人がいたそうだ。
 マリーナの周りには10軒近くの洒落たレストラン、その裏にはショッピングアーケードが軒を並べていた。
 泳いで疲れもあったのでレストランでの食事は明日にすることにして夕食はジャガイモと玉ねぎの入った鳥シチュウとグリーンサラダ、ご飯、つくだ煮を頂く。
 シチューにご飯を入れて食べたらリゾットの様で美味しかった。


(ID# 451)
2013/7/8 (月) Ayvalik~Cesme(70NM) 快晴 北東~北西2~20ノット

 朝風が少し収まったので40NM先のFocaに向け出港することにする。
VHFでスタッフに出港の旨伝えたらラバーボートで手伝いに来てくれた。横風の中隣のムアリングロープが長く伸びているので手伝いが無いとかなり難しい出港になるが、手伝ってくれて助かる。
 6:35に出港して“松の廊下”と云われている細い出口を抜けて追手で予報より弱い風の中南に下る。
 昼過ぎて良い風が吹き出したので昨日一杯で断られたSetur Cesme Marinaに電話してみたところOKとの事、目的地を変更してCesmeに替えた。
 斜め後ろからの15ノット以上の風を受けて7~8ノットの速度で気持ち良く飛ばす。
 このルートは先月ギリシャ側のキオス島からサモス島に行った時の北上コースの逆コースになり、トルコ側での南下しているコースになる。
 16時前より風が落ちてきたので機走に替えて17:50にチェスメのマリーナに入る。
 ここのマリーナはイズミールから近く、観光地として賑わっている。マリーナもまわりはホテルで囲まれ、係留艇は殆どモーターボートだった。なるほど一杯でぎちぎちに係留したが空いている場所は殆どなかった。
 ついてからマリーナ内のレストランでイカのグリル、シーバスとオラーダ(鯛の一種)のグリル、サラダを食べる。
 ここのマリーナは豪華モーターボートが並びちょっと違和感のあるマリーナだった。

(ID# 450)
2013/7/7 (日) Ayvalik 快晴 北東の強風

 ゆっくりした時間の朝食を頂いた後、正田さんはベルガモ観光に10時前にバスで出かける。
 暫くメルテミが強く吹く予報なので今後の航海の予定に頭を悩ます。早いところメルテミの比較的影響の少ないディデム以南に進みたい。
 一応今日までのマリーナの支払いを済まして明日出港出来るよう準備する。次の予定地は70NM南にあるCesmeだがここと同じ系列であるSetur Cesme Marinaにオッフィスから予約を入れてもらうが一杯との事で予約は取れなかった。
 仕方ないので40NM先にあるFocaの港に行く予定にする。
 風が強い時は安全のシェルターと設備のあるマリーナに入港したいものだ。
 ここでも入港してくる艇を係留するのにゴムボートに乗ったスタッフが船首を支えたりして強風の横風の中手伝って係留している。
 プロパンガスの充填をしたかったが日曜日で入れられず次回に伸ばす。
 シャワーはデッキの上で水道の水を直に浴びる。結構気持ち良い。
広瀬さんがイスタンブールからバスでアイワルクのオトガル(トルコ独特で町の郊外の大規模なバスターミナル)について、そこからタクシーに乗ったとの連絡があったのでマリーナのゲートで待つ。ゲートからCAVOK5の係留場所迄距離が大分あるので、そのままタクシーでCAVOK5の係留ポンツーンまで行く。兎に角広いマリーナだ。
 夕食はトルコ風味と日本風味のラムのグリル、ガーリックポテト、サラダ、ご飯をコックピットの上で気持ち良い風を受けながら赤ワインとロゼワインで広瀬さんの歓迎会を兼ねて頂く。
 明日は風次第で出港を決めることにする。


(ID# 449)
2013/7/6 (土) Ayvalik 快晴 北東強風

 久しぶりにゆっくり寝る。
 朝早い航海の時は出港してから、落ち着いた段階で朝食をとるが今日は久しぶりにマリーナでの朝食なので豪華にオムレツと、キノコと野菜のソテー、トーストを頂く。
 食後町の観光に行く。今日は土曜日のせいか、港の岸壁につないである多数のガレット船に観光客が乗って出港準備中で賑やかだ。お昼はトルコ料理をと云うことで牛のケバブにブルグリ・ピラフと云う小麦のケッチャプ味ライスの付け合せ、パトゥルジャンル・ケバブ(茄子とひき肉を交互に串刺し)、ドマテスリ・ケバブ(肉と野菜の串焼き)、ピリ辛の唐辛子が入っているサラダをビールで食べる。
 3人ともお腹一杯になる。
 前回行ったバザールの中にある店が見つからず諦めて艇に戻る。
 ゆっくり午後を艇で過ごして夕食にソーセージ、ハム、チーズ、ラタトーユとパセリ・ライスを赤ワインでデッキで心地良い風を浴びながら頂く。


(ID# 448)
2013/7/5 (金) Canakkale~Ayvalik(80NM)  快晴 北東15~30ノット

 6日以降北の強風メルテメが吹き始めるので往路この間で寄ったバジジャーダ、ババッカレをパスして80NM先のアイワルクに一気に行くことにする。
 朝05:45に舫いを解く。
 朝から東北東の良い風が吹き追手で快調にダーダネルス海峡の狭いところ抜ける。潮の流れが強いところで4ノット近くあり増してきた風速もあってGPS速度(対地速度)10ノットを超える。真追手では観音開きが有効で安定した走りをしてくれる。
 ダーダネル海峡を越えると更に風が強まり一面白波が立ち始める。30ノット近くの風の中観音開きのフルセールで7ノット以上の速度をキープする。風が強くても波が大きくならないので艇は安定して快調だ。
 バッバカレのある半島迄約50NMを追手で快調に飛ばせた半島から南東の方へコースを変更してアイワルクを目指す。風が今度斜め前方から受けるようになったのと、半島からの吹き下ろしの風が強いのでジブ、メインとも3ポイントリーフにして安定さす。それでもスピードは6ノット以上だ。
 お昼は揺れがあるので昨日買ったトルコ風サンドウイッチとビールで頂く。
 14時過ぎに突然風が弱まりフルセールにするが15時には微風になってしまい機走で細い入り江の通路を通りアイワルクマリーナに17:20分に舫う。80NMを約12時間で走ったことになる。
 久しぶりのウサギが飛び跳ねるなかでの豪快なセーリングであった。
 トルコに来る前のギリシャのレスボスでレンタカーに忘れたカメラが見つかり、ここアイワルクのマリーナに届けてくれることになっていたが、うれしい事にオッフィスで預かっていてくれて受け取ることが出来た。此処でも人に助けられている。感謝だ。
 正田さんも12時間のフライトで成田から来てその翌日から、60NM、53NM、80NMと連日の航海で疲れも溜まっている事だし、デッキの水洗いだけして今日はゆっくり艇で休むことにする。
 夕食は鳥の照り焼き、野菜サラダ、ラタトーユ、ご飯を白ワインで頂く。デッキの上で爽やかな風を浴びながらの夕食は格別に美味しい。


(ID# 447)
2013/7/4 (木) Murefte~Canakkale(53NM) 快晴 北東5~15ノット

 朝0635に舫いを解き出港する。10時過ぎより北東から良い風が吹き出したのでジェネカーを上げて5ノット前後の速度でセーリングを楽しむ。お昼にサンマの蒲焼丼を頂いた後、風が10ノット以上吹き出し6ノット以上の速度で快調に帆走する。時々風が15ノットを超えるようになり早めにジェネカーを降ろし、ジブセールとメインでも6ノットを確保する。
 ダーダネルス海峡に入り右側通行になるので、そのさらに右側の岸よりを走り、後ろから来る本船を抜かす。
 チャナッカレはダーダネル海峡を挟んでアジア側にあるので途中で海峡を横断してアジア側に取つく。
 1か月ぶりにチャナッカレ・マリーナに戻り、15:40に舫いを取るが横風が強く船首が振られスターンからの槍着けに若干の苦労をする。
 いつもの様に冷えたビールで到着の乾杯をする。日射に照らされた体にビールと風が気持ち良い。
 その後買い物に町に出てカリフールのスーパーマーケットで食料を補充する。
 正田さんが来て連日のセーリングだったので外食をしてなっかったのでシャワーを浴びた後、町に出て外食にした。
 魚を食べることにして海岸沿いのレストランを探すが今一つ美味しそうでないので、裏道に入り地元の人だけが行くようなレストランでイワシのフライ、カルマリのフライ、サバのグリル、キョフテ(肉ボール)、地中海サラダをビールで食べる。このレストランが当たりで魚が新鮮で美味しかった。
 帰りは旧市街地を散歩してドルマティ(トルコ式伸びるアイスクリーム)を食べながら戻る。


(ID# 446)
2013/7/3 (水) Guzelce~Murefte (60NM) 快晴 北~東5~10ノット

 正田さんの長旅の疲れを取るため一日ゆっくりしたいところだが6日あたりからメルテメが強く吹く予報なので先を急いで60NM先のムレフテに行く。
 朝05:50に出港する。朝食は出港後おにぎりと味噌汁を頂く。
2時間程機走した後後ろからの北東風が吹き始めてジェネカーを上げて帆走する。中々風は気まぐれで2時間ほどで風が弱まり低速が3ノットに落ちたのでジェネカーをおろして再度機走にする。地中海では天気の良い時ある風のパターンだ。これにもめげずにセールの上げ下げをして楽しんでいる。
昼前に風が北になり良い風になったのでジェネカーを再度上げて10ノット以上の風を受けて快調に帆走する。
ムレフテ入港1時間前より風が落ちてきたので機走にして17:00にムレフテの岸壁に横着けにする。前回来た時と同じ場所だ。
岸壁の突端では子供達が泳いでいて小学校上級生の子供が3人CAVOK5に来て乗って写真を撮って良いかと云うので歓迎してあげた。とってもかわいい子供達で色々おしゃべりをしていった。
又カナダ人の女性が来て日本艇のハイドロジア号の稲次キャプテン、手まりの関山キャプテンを知っているかと聞いてきた。お二人と良くしていると話したところ、東地中海ラリーと云うイスタンブールからエジプトまで行くラリーに参加したときのお友達だそうだ。その時稲次さんが作ったお刺身が盛り付けも綺麗で美味しかったと褒めていた。
今度はここのマリーナのスタッフがきてコックピットで一緒にビールを飲む。そして彼はトルコの薄いパンでチーズとハムをサンドウイッチにした料理を赤ワインと共にもってきてくれ頂く。彼はトルコ語しか話さないのでチンプンカンプンだが一部何とか理解できた。
彼が帰った後ここはシャワーが無いのでデッキでシャワーを浴びる。
夕食は彼のサンドウイッチで済ますことにして、正田さんの疲れもあるので早々と就寝する。


(ID# 445)
2013/7/2 (火) Guzelce 快晴

 今日は柴崎さんのステラに乗っている正田さんがイスタンブールに着く日だ。
 午前中、昨日曇りで出来なかった大掃除や布団干しをする。
 明日は早朝出港予定なので今日までの支払いを済ます。時々ある事だが、現金だと税金無しカード支払いだと18%の税金が付くと云う事なので現金で支払う。日本では考えられない事だ。此処の係留料はイスタンブール周辺のマリーナでは安く一日95TL(約5000円)だった。
 正田さんはイスタンブール18時着予定のトルコ航空で来るので15時にマリーナを出てバスと地下鉄に乗り空港に行く。
 今月の20日にヨット部の若い後輩の三浦綾乃さんと空港で待ち合わせ、それと孫の10歳の陸君が日本から一人旅でイスタンブールに来るのでその引き取り場所等の下見をする。
 予定より早く成田からのトルコ航空51便は着陸した。偶然だがこの便の機長はJALからトルコ航空に移籍した機長でイスタンブール在籍と云うことで後輩の江原さんから紹介を受けていた人だった。この方は江原さんの幼稚舎時代の同級生だそうだ。
 イスタンブールでは会う機会が無く、偶然今日の便でイスタンブールに戻るとの事で、出口で待ち合わせをしていた。
 待っていると正田さんと機長とその方の奥さんと3人一緒に出てきたので短い時間であったが初対面のお話をして再会を約して別れる。
 正田さんの荷物もあるのでタクシーでマリーナに向かう。イスタンブール周辺は交通渋滞が激しく帰りのラッシュとも重なり時間がかかった。
 艇に着いてから歓迎夕食会を赤ワインとラムチョップ、ポテトサラダ、グリーンサラダ、インゲンの炒め物で開く。
 正田さんは長旅にもめげずお元気で11時過ぎまで宴会をした。


(ID# 444)
2013/7/1 (月) Guzelce 曇り

 今日も曇りの天気で少し涼しい気温だ。寒冷前線の尻尾の通過の様だ。
 これからはメルテメのシーズンなので風を見ながらの行動プランが必要になる。
 明日夕方着の便で正田さんが来るので大掃除を予定していたが天候不順につき明日にすることにする。
 塩野七生の本を数冊持ってきたので読み返しの読書を楽しむ。二日出かけず艇に居ると体が休む。
 6日頃から風が強くなるので正田さんには申し訳ないが来た翌日の3日にはここを出港して、来た道を南に戻ることにする。7日に広瀬さんがAyvlikに来るので5日には着きたいと思って計画を練り直した。
 昼食はマツタケ風味のご飯を頂く。お昼寝の後マリーナのオフィスに出向き4日に停泊予定のチャナッカレに電話してもらい予約を取る。前回結構一杯だったので用心のためだ。
 天候が安定している時は心配しないが強風の予報が出ている時はマリーナの予約での確保が大事だ。
 トルコに入りマリーナでも英語が通じないところが出てきた。この町では殆ど英語は通じないので何かと不便だ。
 昨日までの航海日誌を整理して皆さんに送らせてもらった。  悦子に買い物を頼まれ自転車でラムチャップ、野菜とワインを買ってくる。
 ラムチャップとても美味しいので地元の人に聞いてみると、ここから北方面は美味しいラムで有名だそうだった。
 このラムは明日着の正田さん用で、今晩の夕食はカレーライスを頂く。
 今日もゆっくりした静かな一日を過ごした。


(ID# 443)
2013/6/30 (日) Guzelce 曇り

 ここのところ晴れ間が出たり曇ったりの天気が続いている。
 ヨーロッパの北にある低気圧からの前線のしっぽの端っこの影響の様だ。イタリアの友人からのメールによると、イタリア北部は不順な天気が続いてるとのことだ。
 一日ゆっくりすることにする。昨日会ったBoraさんの奥さんから電話が入りお昼に坊やを連れて訪問に来るとの事。ソーメンと鶏肉とキュウリの和えものを用意する。
 坊やはまだ生後2か月で、こちらでお産したそうだ。奥さんは石川県出身で、東京で知り合ったそうだ。まだこちらに来て1年との事でトルコ語は勉強中との事で感じの良い若夫婦であった。トルコの民芸品を輸出している仕事をしていてお土産にステンドグラスが綺麗なトルコ風キャンドルランプをお土産に頂いた。
 午後は「コンスタンティノープルの陥落」を読み直す。実際見たところと当時の場面を思い浮かべて重ねながら楽しむ。
 ここはランドリーが無いのでバケツで洗濯をする。
 夕食はビーフステーキ、インゲンとシシトウのソテー、サラダを赤ワインで頂く。
 トルコに入るとお酒が高くなりウイスキーは日本の2倍近い値段でワインもギリシャみたいに安いワインは無い。
 今反政府デモが行われているが現大統領がイスラム化を図る政策を進めているのも一つの大きな要因だ。アルコールも排除していく方針でもあり、酒屋が少ないのも政策の影響だ。
 2日に来る正田さんにはウイスキーを買ってくるようお願いしている。


(ID# 441)
2013/6/29 (土) Guzelce 曇り

 朝レンタカーを返しがてら隣町に行きそこからバス2回、トラム2回乗り換えてイスタンブールの新市街に行く。
 レンタカーを返す時事務所の係員がトルコ語しかしゃべれず、彼が日本に6年間いて奥さんが日本女性という日本語をしゃべれるBoraさんを連れてきた。親切にバスの停留所まで車で案内してくれた。明日のお昼艇での昼食に誘う。
 ボスボラス海峡に開けているドルマバフチェ宮殿を見学する前に海峡沿いにあるレストランで海峡の風景を見ながら昼食を済ます。
 ドルマバフチェ宮殿の見学は、自由行動は出来ずガイドツアーになる。
 1843年に着工され1856年に完成されトプカピ宮殿に代わって最後の皇帝メフメト6世が退去するまでオスマントルコの王宮として利用された。その後トルコ共和国の執務室として使われアタチュルクもここで執務した。
 総面積約1万5000平方メートル、部屋は285室、広間は43室ありそれぞれ豪奢に飾られている。
 儀式の間にはバカラ製の重さ4.5トンのシャンデリアが飾られ豪華絢爛たるものだ。
 あまりの豪華さにオスマン帝国時代の豪華絢爛主義は何であったのか考えてしまった。
 その後地下鉄でタクシム広場に行くが少規模なデモが行われていたが整然としていた。
 タクシム広場からボスバラス海峡に向かっての下り道が賑やかなショッピング街イスティクラール通りでお店を覗きながら歩く。途中で悦子はレイバン、わたしはオークレイのサングラスを買う。トルコはメガネが良く安いそうだ。
 通りを下るとガラタ塔に上る。ガラタ塔は14世紀にこの辺りが居住区だったジェノバ人がビザンチン帝国の監視塔として使っていたものだ。
 塔の上からは金角湾、ボスボラス海峡、トプカピ宮殿、アヤソフイア、ブルーモスクと一望出来た。全体像を鳥瞰図の様に見ながら1453年のコンスタンチノーブルの攻防戦が目に浮かんだ。


(ID# 440)
2013/6/28 (金) Guzelce 曇り

 朝レンタカーを借りる。車でマリーナまで迎えに来てくれ隣の町のレンタカー会社まで行き手続きをする。一日借りて100TLだった。
 約ここから200KM北のブルガリアとギリシャの国境沿いにあるエディルネ(Edirne)を訪ねる。もともとは古代ローマ皇帝ハドリアヌスが町づくりをしたところで、1361年にオスマン帝国ムラト1世が征服してプルサから遷都したところだ。そして1453年にマホメッド2世によってコンスタンチィノーブルが陥落するまでの90年間、都として栄えた。
 ここでの素晴らしい建造物はセリミエ・ジャーミーで当時の偉大な建築家ミマール・スイナンが設計したものだ。3代のスレイマンに仕えた当時80歳の彼はセリム2世の要請でイスタンブールにあるアヤソフィアを超えるドームを造るということで直径31.5mの巨大ドームを完成させた。
 大ドームの装飾は素晴らしくトルコ随一の美しさを誇る堂々たる姿であった。
イスラム建築の最高到達点のモスクと云われているが納得だ。
セミリエモスクとその社会的複合施設群と云うことで2011年に世界文化遺産に登録された。
途中有料高速道路を使ったが支払い方法が分からず難儀した。日本のETCのようなシステムでカードを購入してそれをフロントグラスにつけて通過すれば良いと分かった。
この辺の土地は豊かで北海道に似たゆっくりした起伏の丘には小麦、そしてこのあたりの名物のひまわり畑が広大に広がっていた。ひまわりは一部咲いていたが満開になったらさぞかし素晴らしく美しい光景になるだろうと想像する。
お昼はエディルネ名物レバーのフライ(ヤブラック・ジェリ)、キョフテ、サラダを食べたが腹持ちが良かったので夕食は帰りも遅くなったのでご飯と残り物を頂く。


(ID# 439)
2013/6/27 (木) Guzelce 晴れ

 午前中雑用とデッキ洗いをする。お昼に讃岐うどんを冷やして頂いた後、自転車で5km程離れた隣町にレンタカーを探しに行く。ここグゼルジェは不便なところでマリーナの施設としては良くて係留料も安いが何もない町だ。イスタンブールに出かけるのも3回ほどバスを乗り換えなくてはならない。
 自転車で海岸線の道を走っていると両サイド高級住宅とリゾートハウスが並んでいる。
 海から見たビーチパラソルが並んでいたところだ。
 トルコに来ると経済が良いせいか新しい建築が目立つ。
 レンタカーは明日にならないと空いているか分からないとの事、明朝電話で確認してあればマリーナまで届けてもらうことにした。
 悦子は一日中艇に留まりのんびりしていた。
 夕食はワカメとキュウリの酢の物、野菜入りマーボー春雨、ホウレンソウのおひたし、そしてご飯を頂く。


(ID# 438)

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